韓国ドラマの大転換点か?

韓国ドラマで最近話題になっているドラマで「社内お見合い」があります。

第1作2作ではそれなりの視聴率が,後半に行くにしたがって大幅に上昇しました。

日本のあるコメンテーターが寸評していました「キム秘書は何故」などのように典型的な韓ドラのシンデレラストーリで、そのレトリクトが面白いとありましたが

この寸評はとんでもない的外れです。

面白さの所以は、主人公ヒロイン:シン・ハリの人間としての共感性の高さが心を揺さぶるのだと思います。

韓国社会は、人との関係を以下の4段階の1,2段階の表層でしている場面を多く見かけます。

最初の段階は、外見で評価する:イケメン、美人、背が高いなど  二番目に、分析的に評価する:一流大学、力強い、金持ち、仕事ができる

三番目に、同調的同情的理解を示す:慰めの言葉、相手を理解する振り、気の毒に思うなど これらは外側からある面上から目線での寄り添い方です 食事中に親しさを示すために<おかずを取ってやり食べさせる>は典型でしょうか

最も心の琴線に触れるのは【共感的理解】です、その人の立場で見るがごとく感じるがごとく理解することです

若社長ヤン・テムの心を揺さぶったのはシン・ハリの【共感理解】です。

典型例がありました、子供のころに両親を交通事故で亡くしたヤン・テムは毎年命日が来ることをある意味で鬱陶しいと感じていた。

周りの人間は、それなりの慰めの言葉を掛けてくれるが、それは自分が会社の後継者であり社長だから、ある面でお義理での慰め言葉である。

言わざるを得ない人達の立場で考えれば致し方ないと思い、それなりに返していた。

でも、シン・ハリの掛ける言葉は、まさに自分の想いを語る言葉であり「心底自分を理解している」と感じる言葉であった。

このような言葉が後半のシリーズで次々飛び出し、見ているものの心を揺さぶり、このドラマに驚嘆します。

このような会話を紡ぎだした韓国ドラマのレベルの高さやシナリオライターのセンスある才能に脱帽です。/


コンサルタントのジレンマ

「ジレンマ」は2つの論理のぶつかり合いで、右に行くか左に行くかの選択にさらされること。

どちらを選択するのが正しいかは分からないが決めなければならない。

コンサルタントになって3年後で、そろそろ独り立ちし始めたころのことである。

社員数200名ほどの電設会社で、大手重電メーカーの傘下であり、この重電メーカーの役員からの依頼である。

社長はまもなく70歳になるので、後継経営者として長男を想定し路線を敷きたいとのことである。 

この依頼は、生涯を通じての私のメインの領域であり、十指に余る案件を担当した。

部下のアシスタントに、この電設会社の実態把握するための調査をしてもらった。

検討が進むにつれて、大変なジレンマに晒されることが予感された。

社長にとって長男は大変自慢な跡取りである。 名門私立大学を出て大手商社で活躍していたところを、「後継者なるべく是非帰ってきてくれ」と懇願して二年前に入社させたのである。

コンサルテーションは、この長男と次男及び将来の幹部と目されるメンバー10名前後で「将来の組織設計」検討会議を進めていた。

徐々に観えてきたことは、長男は「所謂ベキ論で、机上論で、上から目線で、権力指向が強く、自己の利益を優先するタイプ」であった。

他者・メンバーとの関係や会話は、ストレートな率直な発言は稀で、カーブやシュートのような発言が多く皮肉めいた発言が多く、効果的会議や関係が成り立たなく、メンバーからは浮いた存在であった。

仕事柄多くの経営リーダーを観てきているので、それなりの人物眼を備えているつもりだが、どのように贔屓目に見ても、リーダーシップに欠けるように思える。 

この感触を社長に伝えるべきか否かで、大いに悩んだ。

長男が社長になれば、社員は嫌気をさして会社は数年も持たないのではないか、社員が可哀想に思えてならない。

幸か不幸か次男は、長男をサポートして控えめであるが、長男とは正反対で、現場を知り、会話が成り立ち、人望があり優秀だ、さてどうする。

案1・・・依頼主の社長の機嫌を損ねないように、この仕事をそっと終わらせるか

案2・・・クライアント組織のために、知りえたことを包み隠さず社長に伝えるか。

社長の機嫌を損ねれば、当該プロジェクトをカットされる恐れは大いにある。

カットされると、アサインしてくれたわが社の営業員の売上も減り、ガッカリさせるだろうし、私の会社での評判も落ちるだろう。 

まさにジレンマ!!  みなさんならどうする。

   このプロジェクトを紹介していただいた大手重電メーカーの役員さんとは仲が良かったのでご相談の場を設けた。

焼き鳥の老舗「京橋の伊勢廣」である。

ふっくらした薄塩でわさびを乗せた「ささみ」に、外はカリッと焼け中はクリーミーな「レバー」、上品なタレ味の「つくね」や「ねぎま」、焦げ目を付けた「手羽先」などをつまみにして純米吟醸「真澄」を冷酒で戴く。  

このようなお店は最近ではかなり多くなったが、未だにここ以上にうまい焼鳥に出くわしてない。

白磁に蛇の目の大型の茶碗になみなみと注がれた「冷酒」をグビッとやりながら、件(くだん)の件(けん)を語っていたら、その推薦者から一言「身内や社内の人が言えないことを語るから、コンサルタントは価値があるのでは無いの」と一刀両断で言い放ってくれた。

度胸を決めなければこんなに高いフィーはいただけないのだと改めて胸に刻んだ。

以後、このようなジレンマは幾度となく遭遇した、社長である父親は概して息子を正当に評価出来ていないと感じる。  

贔屓目が強すぎたり、反対に過小評価であったりである。

私の正直な実感は、将来の真のリーダー足り得るご子息後継者は一割と思う、全く駄目な方はそれほど居ない、なんとか及第点は取れているのだが、責任ある立場になるのであるから、その程度では残念なことになる。

厄介な方は、生まれも育ちも良いが、自信のなさを過剰防衛として様々なネジレタ行動をする後継者だ。

では、この結末はどうなったかである。

社長には包み隠さず報告することにした。

しかし誰が後継者になろうとも「会社の将来像」とその「移行プロセス」はデザインしなければならない。

プロジェクト進行過程で、長男も自分の立ち位置や周囲の認知が見えたらしく、相当に控えめに行動するようになった。

長男に対して「コーチング」を受けることをそれとなくおすすめしたが、ガードが固くついに踏み込めなかった。

次男を軸にした変革計画が出来上がり、報告が済んだ後に大手重電メーカーの役員さんとともに、社長に対しての座談的報告をした。

社長は中々受け入れにくかったようだが、次男の変化にも気づき喜んでおられた。

後日、長男が関連会社を引き継いだとのことを聞きホットしたことが思い出される。


昭和は、魑魅魍魎として面白い時代だった。

チョットした才能とアイデアと行動力があれば、誰でも一流で稼げた。

日本史上3大変革期の一つで、世の中の支配の軸が大きく動いた時代だったのだろう。

戦国時代は、天皇・公家から武将の時代に移行し,

明治維新では、廃藩置県により平民・商人の時代に.

昭和期は、戦後の荒廃からの復興を目指して、高度成長期になり、企業家の時代にとステージは大きく様変わりしたのである。

そして現在はコロナ禍で人的関わり合いが閉ざされ、新たな生き方を問われる時代へと突入している。

 

私は通称:ポジティブアップの通称AKI

就職したコンサルタント会社の仕組みを、簡単に紹介しよう。

よく似た組織形態は<吉本興業>でありこれからの説明でイメージしていただくと分かり易いと思う。

営業兼務のタレントマネジャー150名が、日本全国20数拠点に配備され、大企業から社員数3名の極小企業まで。

日本全国の264万社と公共団体など、人が集まる組織や集団が顧客・クライアントである。

タレントマネジャーが獲得してきた案件を、会社に所属するコンサルタント150名がいわばタレントとしてクライアントの企業に出向き、問題解決する。  

売れるコンサルタントの年収は最上位で2億円、役員クラスで3千万円、主力で2千万円、アシスタントで800万円程度である。 *2000年当時

売れるコンサルタントの必須要件は、リピートオーダーに繋げることである。

リピートオーダーを取れるコンサルタントは、タレントマネジャーの営業に喜ばれ、新規クライアントへのアサインを獲得できる。

即ちお客クライアントにも社内の営業職からもリピートオーダーを獲得することである。

 コンサルタントと営業兼務のタレントマネジャーは、案件ごとのフリーな結びつきであるから、リピートオーダーが収入増になる。

   私の年間の指導先クライアント数は約30社ほどで、関係の深さは濃淡があり深くかかわるのは年に2社程度。

  指導形態は、<コンサル会議>で各種テーマごとの問題解決、<セミナー>などである。

 東京案件が40%程度、出張はホテル暮らしが120日、飛行機利用が年50Flight、名古屋・大阪は新幹線。

 本社事務所への出社が月に3日(役員会や幹部会)、殆ど自社事務所にはいない。

 本社にコンサルタント兼務の役付き役員がいないのだから、周囲は困る、判子がもらえない、出張精算が出来ない、だから判子は一切ない、出張精算は申請通りに出す、でもほとんど誤魔化す奴はいない、いても大した額にはならないからそれで良いのだ。  決済は全て口頭で行う、私は45年間の会社員生活で決済を受ける書類を作成したことが無いし、役付き役員として決済印を押したことが無い。

 メインの都市銀行から多くの出向社員を迎えたが、皆、一様に驚愕し・困り同時に関心していた。

 本社に専用の机がないし、役員部屋もないし、判子もない正にコロナ禍で起こった変化そのものを行っていた

   ど のようなコンサル案件が多かったかと言うと、創業経営者からの「息子への継承不安」である、創業経営者の最大の不安である。 

 「コンサルタントと言う職業は、経営者の不安の故に成り立つ」 

 終戦後の復興時にアイデアとチャレンジ精神豊かに、企業を創出し、成長路線に入り、時代の波にも乗り急成長をし、やがて立派な会社と言われる。

 日経ビジネス社の「企業の寿命30年説」の言うように、そのように思えるところがある。  

  創業経営者が30歳で起業して30年で60歳になり、息子にバトンタッチをすることを考えると不安になる。

 今の事業で将来生き残れるのか?  競争相手に伍してやれるか?  現在の経営陣は俺が育てた子飼いであるが、果たして息子はリーダーとしてリードできるだろうか? 不安が渦巻く・・・。 

 この不安に対処できる道標を示せば、受注できる。

 同様の課題を抱える企業は五萬とある、クライアントには困らない、忙しすぎて家に帰れない! 最大の悩みである。  

 このBLOGでは以下の視点で展開したい

 ◇体験から分かったことは、最高級の贅沢料理は飽きると言うことだ、地方への出張時にはクライアントからご接待を受ける場合も多々あり、その場合はその地の最高の料理屋にご招待いただく。  

 地方色豊かなモノなら嬉しいが、単に最高の割烹料理は飽きる。  

 若いころに都市銀行の頭取と築地の最高の料亭で会食したが、その際に頭取がつくづく言った言葉が印象的であった。  

 私が売れるコンサルタントになって、頭取のお言葉に深く共感を覚えたものである。

 「どんなに素晴らしいご馳走も毎日だとウンザリですよ、ラーメンでもすすっていた方がうれしいね」

 ◇私は40年間で1200社のクライアントを担当した、その経験の中で深く関りあった、印象に残った事例をご紹介したい。  

一般的な企業人は生涯1社しか知らない、出向や転職をしても精々数社である。   

転職した人が良く言う「会社って様々ですね!」 普通の人は他社のことを良く知らない、<他社の事例>は高い関心を示してくれる、そんな事例を多くご紹介したい。

 ◇併せて、事例に活用した理論やモデルもご案内し、巡り合ったB級GOURMETや下のお話などをご披露したい。 

私の場合は、韓国企業10社ほどで大掛かりな仕事をし、中国での仕事を数回している。


とってっも愉快な家族経営

Tottoriカニ鍋

仕事柄地方都市への出張が多く、「名産を食すのは楽しみである」 この言い方はかなり控えめな言い方である。  出張計画が決まった途端に、「何を食すか」のメンタルリハーサルが始まり、当日はなにをさておいてもB級グルメ探索の旅に取り掛かる。  

B級グルメと自称してはいるが、お客様とご一緒の時は「お呼ばれ」がもっぱらであるから、超の付くA級グルメになる。

鳥取空港に出迎えてくれた岡山営業所のⅯ君の車に乗り白兎海岸を走ると、紺碧の海があり大きな岩と砕ける白波に出会う、まるでハワイのノースショア―を走っているようだ。

アポイントの時間までかなり余裕があるので、昼食を取ることにした。  

海岸に軒の侘しいうどん屋があり、あまり期待しないで「スタミナうどん」を注文した、

一番値が張るので自慢のうどんかなと思っただけである。

ビックリした「旨い」! スタミナの名がついているのでゴタゴタした肉類が乗っていると思っていたが、野菜たっぷりでスッキリ味、以後しょっちゅう立ち寄った。

お約束の時間になったので、セールスプレゼンを行った。 

社長・専務・常務二名は皆同年代の親族である、私から見れば「おじさん連中」である。

総務担当の常務が「この経営戦略計画を観てください、どう思いますか?」と冊子を差し出してきた。 

「中々きれいな装丁ですね」などとお世辞を言いながら中身を拝見。  

なんとなく気易い雰囲気だったので、思わず気付いたことをそのまま口に出してしまった。

「これは戦略計画書と言うよりは、あるべき姿の理想像ですね、過去数年の実績値の延長線上に望ましいラインを伸ばして描いたものです。 これでは戦略とは言えませんね、外部環境の重要変化も捉えていないし、自社の強みを明確にされてないし・・・・」スッパリ切りコメントした。

驚いたことに全役員は手を叩いて大喜びしている、「そうなのです、何かおかしいと思ってのご相談だったのですが、まさに今言われた通りのことを感じていて皆でこれで良いのだろうかと頭を捻っていたのです、スッキリしました」 

「是非わが社の中期経営計画策定のご指導を頂きたい」トントン拍子に話がまとまり、以後6年間、毎月2~10日間を費やすお手伝いになった。

全役員は概ね職人気質で、戦略検討のようなややこしいことは苦手であり、私の説明時の講義はポカンと聞いている。 

たまに冗談めいた講義をすると大喜びである。  

ある時こんな話をした、サービスマネジメントに関してである。

事例として「銀座の売れるホステス五項目」をご披露した。

広島の飲食チェーン「Hグループ」の役員さんから聞いた話の受け売りである。

売れるホステスの共通項は、決して美人で売れているわけでなく、以下の特徴がある。

 この特徴的行動や特性分析は、大げさに言えば経営科学で言うと「コンピテンシーアプローチ」と言える。  

コンピテンシーとは高業績者の行動特性を明らかにし、行動は真似ることが出来るので行動変革は可能で高業績者を育成出来ると考えた研究で、ハーバートのデビット・マクレランド教授などが中心となり発展したアプローチである。。

売れるホステスの特徴

  •  聞き上手  

話し上手のホステスさんは、最初は楽しいが2~3度で飽きる、相手するお客も疲れる。 

聴き上手は、お客に喋らせる、お客が喋ることは自慢話が多い、自慢話しを得々と話させる、お客は気持ち良い時間を過ごし、また来ようと思う。

② こまめに連絡してくる 

しつこくなく「年賀状」「お歳暮」「開店記念周年祝いパーティー」 等案内はがきなども含めて 

仲間で食事会をしたあとで気の合った仲間と「もう一軒」となる、その時こまめにハガキをよこし、断られてもメゲズに会社に連絡をよこしていると、ツイツイ行かないと悪いなと思い店に寄る。

③ 記憶力が良い  

お客の顔と名前を確り覚えて、お客様の名前を呼んで語りかける。  前回のご来店時に関する話題を持ち出し、その時の服装・ネクタイなどの趣味をさり気なく褒める。  

するとお客は勘違いをする「ひょっとすると俺のことに関心があるのかな」

所詮夜のビジネスは勘違いで成り立っているので、勘違いを演出する。

記憶力は限界があるのでこまめにメモを取っている。

雑談:最近はお客様の情報をデジタルで管理することが多い。 ホステスさんは席に着く前にお客様に関する情報を閲覧して準備する。 すると次から次に席に着いたホステスさんが一様に、前回の青いエルメスのネクタイを誉める。 良し悪しですね。

④ 部下後輩の面倒見が良い  

売れっ子のホステスは一時に複数の顧客と対応しテーブルを掛け持ちする「テーブルポッパー」と呼ばれるが、自分がよその席に行っている時に、お客様が退屈しては申し訳ない。 その時に普段から面倒を観ている下の娘が頑張って席を盛りたてる。

⑤ 別れ上手である  

「別れの美学」と言われるが、帰り際のお客様を確りお見送りして、上機嫌でもう一軒又はご自宅にお帰り頂き、その際にさり気なく次回のお約束を戴く、上機嫌の酔ったお客は次回の来店予定などを喋ってしまう。

高業績のビジネスマンは約束を守る習性があり、酔った勢いで言った約束を守る律義さがある、約束が気がかりで来店する。

この話をした時は大受けであった。  

社長は、今度飲み屋に行ったらお店の娘に是非この話を披露したい。  

聞き流していたのでメモを取らなかった、もう一度喋ってくれとのこと、普段の話をこれくらい熱心に聞いてくれていたら良いのにと、嘆息した次第である。

この会社の経営者がもう一つ熱心なのが、夜の飲み会である、

コンサルの後は必ず飲み会の開催である。  

宿舎が駅前の「ホテルモナーク」。 温泉がある上品なホテルで、鳥取の飲食街に近いとの理由で深夜まで熱心にお付き合い戴いた。

冬になると「かに吉」で松葉ガニ、店主は浜坂漁港モノしか扱わない、自分の生まれ故郷なのだ、相撲取り崩れで中々の料理熱心である。  カニ鍋は、お客には一切触らせないで店主自らが手を下す。  そして一口のウンチクがある。 「カニ刺しでも鍋でもカニを手で触るでしょう、手の匂いを嗅いでご覧なさい、一切匂わないでしょう。 鮮度の良いカニは匂わないのだ」と鼻高々である。 この店は夏場にはそれは美味しい牛肉を食べさせる。 絶品のお店である。

ずいぶんお世話になり楽しいお仕事であったが、反面、忸怩たる思いのある仕事であった。  


老獪コンサルタント秘儀 序章

001

韓国歴史ドラマ「大王世帝」に学ぶ

組織活性化のコンサルタントをしていると、いくつかの課題に集約される。

家業型組織で良く見かけるのは<世代交代>と<リーダーの資質>に関する葛藤である。

韓国で大ヒットした歴史ドラマ「大王世帝」は、典型で上記課題が主題になっている。

日本では2008年に全86話で放映され、以後何回か放映されている、もちろんtutaya  にもおいてある。

1400年頃の朝鮮時代の最高のリーダーと評価される、「4代世帝」の物語である。

この世帝はハングル文字を創造し、普及させたことでも知られている。

4代目世帝の父親は自分の兄を倒し、更に父親を上王に退けて王位を獲得する。

王は自分の世継ぎを「世子」として指名しておく必要がある、中国の当時の王朝である明の要請でもある

長男A、次男B、3男C、腹違いの4男D、幼い末子E、ともに優れた資質を持っていた。 

これら王子の中から長男Aを「世子」として指名する。 

Aは剛毅で武術にも長けていたので、周囲の官僚達からも王財(王としての資質に富んでいる)と言われて歓迎されていた。

その他の王子は、兄弟間で覇権争いが起こらないようにとの政治的配慮で、「政治に関わるな」と強く諭され、王道を学ぶことを禁止されていた。

Bは、その指示に従い「風流」に生きて静かに暮らすことを選択する。

Cは、世の中のことや統治のことなどに関心が高く、王道に関する書物で指導を受けていることが露見して、「謀反」を企んでいるのかと、王や官僚達から手ひどく叱責される。

世事の事柄に対する関心の高さは捨てられずに、思い悩んで師匠に相談する。

師匠は「所詮、書物からの学びなど役に立たない、世の中を観ることが大事だ」と示唆を受ける。

身分を隠し、気心の知れた部下と市井を見て回り、大きな衝撃を受けることになる。

「父親は偉大な王様で、日夜政治に忙しくして官僚たちと議事を凝らしている、キット民には愛されているに違いない」と純粋に信じていた。

現実は、民は不平不満が一杯で、王様の統治に不満を持ち、公然と批判を述べている。

「けしからん民ども奴」と思っていたが、不満の実態などを知るにあたり、政策の実行に問題があるのだろうと思い至り、更に詳しく調べた。

ある時、明からの使者が「明国が倭寇撃退の軍を派遣するので、馬1万と人員一万を提供せよ」、更に「世子を人質に」との居丈高な要請をし、王朝は大混乱を来たしていた。

は宴席で立腹して、明の使者に怒りをぶつけて大問題になる。

Aは自国の軍事力が弱いので付け入られるのだ、軍事増強・大砲作成・訓練強化などを声高に唱え、王宮内で主戦論者と平穏主義者の分裂を引き起こし、穏便に和平交渉を進めたい王とも意見が衝突する。

王は「頼もしくも思う反面、危うさを」を感じる。

Cは明の使者の「本意」と「使者個人としての興味関心事は何か」を知るために、部下を忍び込ませて探る。 

これらを知ったのちに、然るべき手を打ち、使者を巻き込み・説得に成功し、無事難局から脱する道筋を作り、王や官僚から高く評価される。

王は「富国強兵」が必要と考えて、国税を増やす策を講じて、「奴婢」の身分に落とし込まれた民の身分回復をさせる「平民復帰」事業を命じる。

官僚は、時間も手間も係るために中々精力的に進められないでいた。 

*まるで「マイナンバーの普及」が重なり見えてきた。

Cは、この政策は民のためになると共感し、普及活動の支援に乗り出す。

若手学者の育成機関である「成均館」のメンバーを引き連れて、世情を観させ、メンバーを説き伏せて、味方につけて普及活動推進戦力にした。

更に、他の王子B、D、Eをも巻き込み、事業推進に大貢献する。

これらの過程で、Cこそ王財ではないかとの風評が高まる。

Aの<王宮の力で民を従わせて、強引に進めるのが権威を示すことになる>とのマキャベリズムな志向と、Cの<現地を知り、相手の立場に立って問題解決を図ることが、長期に亘って信頼を築くことになる>とのエンパワーメントな志向の対立が明確になる。

Cは「Aに代わって世子になりたいのではない、民の為であり、Aのためにも世情の安定が大事と思っての活動である」ことを強調し謀反心がないことを示す。

しかし、徐々にCが次期王にとの機運が高まり、ついに4代目に就任する。

この構図は、ドラマの中だけでなく、実際の組織でもよく見かけるテーマである。

権力抗争の展開では、ナンバー2が人身御供になることが多いが、Aも父親から切られている。  

父親は自分の王位が揺らいだ時にAを切り、自らの安泰を図った。

 *集団心理学で有名な<ビヨン理論>である

  1.集団は混迷した時に、救世主を求める  

  2.見事に対処した救世主は、感謝されるが、いづれ「磔に会う」

  3.長期に安定が続くと、部下や世間は「依存」から「強度な依存」移り、リーダーを崇める

  4.贅沢なことに、この状態で良いのかと「反依存」が生じ、不平不満が燻る

  5.「権力に擦り寄りつるむ集団:ペアリング」と「権力に対峙集団:アンチ」と分派する、いわゆる派閥抗争である

  6.そして「権力に立ち向かい争うか:FIGHT」「日和見を決め込み、諦め、無気力にFLIGHT」なるかの葛藤が生じる

これら一連の心理状況の流れは、集団では無意識に発生する。

人間集団の生き様の源泉は、エモーショナルな嫉妬と羨望と不安などである

この事態に対する介入策は余りなく、集団自体にあるいは当該集団のリーダー達に、無意識から行っている現状がいかに<非生産的>であり、無益な争いになっていることを気づかせて、妥協の道を探させる。

あるいはリーダーが「新たな目標を提示」して「目から鱗」の状態を醸成できれば、真のリーダーシップとなる。

一連の舞台となった王宮はソウルの景福宮で、その正面門が有名な「光化門」。

正面大通りの中央分離帯に「大王の王座座位像」が金色に輝き、景福宮と更に北山を借景にして見事なものである。

景福宮の西側には有名なサムゲタンの大店があり、何時も長蛇の列ができている。

歴代の大統領が通うことでも有名である、どの時間帯に行くのだろうか、はた迷惑でもあると思うが。

更に近辺には「西食堂市場」が500メートルほどの長さで、飲食店が軒を連ねて賑わっている。

日本人一人では入りにくいので、何時もコリアの友人や部下に付き添ってもらっていた。

どの店も美味しいが、一番奥に牛肉屋さんが、「牛の焼き肉」のスペースを作り給していた。 韓国では牛肉は極めて贅沢品であり、庶民は特別な時にしか食さない。 

普段は豚か鳥が主で、豚も部位ごとに調理する店になっている。 

私は通貨価値の差を生かして友人や部下を連れて行くので、私がコリア事務所に行くと大歓迎された。